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「ルルーシュか」 皇帝は、モニターに映る息子を視界に収めた。 いままでも映像で幾度かその姿を見てはいたが、どれも穏やかな表情で、人畜無害、無力な皇子という印象だった。だが、今ここにいるルルーシュは、まるで別人のように、威厳のある王者の笑みをその顔に乗せ、支配者の気配を身にまとい、こちらを見下すような視線を向けていた。 「何をしに来た」 動揺は押し隠し、重厚な声音で皇帝は問いかけた。 これだけの事をしたのだから、理由など一つしかないだろう。 だが、皇帝はそれでもそう尋ねる他に無かった。 『陛下、全てを終わらせるために来ました』 ルルーシュはすっと目を細めた。 「全てを終わらせる、だと?」 『陛下の子たる我々が日本にいる事を知っていながらの開戦。私は耳を疑いました。重傷を負い、絶対安静であった私を日本へ送ったのは私達を守ろうとする、貴方の愛ゆえだと信じていました。遠く離れた地にいても、陛下は子たる我らを愛してくれていると、疑ってなどいませんでした。ですが、それはすべて私とナナリーが描いた幻想だったようです。子を愛する皇帝と評価されていたのは偽りの仮面。私とナナリーを、日本を油断させるための駒としていたのですね』 先程までの王者の空気を消し去り、心から悲しそうな表情と声でルルーシュはそう告げた。ナナリーは悲しげにルルーシュに寄り添い、クロヴィスは厳しい表情で前を見据えていた。ルルーシュは片手でナナリーを抱きとめ、背中を優しくなでた。 『信じていた。いや、信じていたかった。・・・陛下、私は知っているのです。全てを』 「全て、だと?」 皇帝は先程よりも威厳を込めた声音でそう口にした。 その表情もいくらか余裕が戻ってきていた。 先ほどはいささか動揺したが、この機体に乗っているのは敵国の人間では無く、自分の子。それも争いを好まない、鳥かごで愛でられている者たちだ。C.C.がそこにいるのが気にはなるが、上手く行けばその機体もこちらの手に入る。 まだ戦える。 まだ勝機はある。 何よりその機体から降り、視線を合わせる事が出来れば負けは無い。 動揺は既になく、勝者の笑みを皇帝は浮かべた。 『私は認めたく無かった。だからずっと私たちは口を閉ざしていたのです。私たちの母、マリアンヌの暗殺と・・・私の殺害を命じたのは父上、貴方ですね』 その言葉に、皇帝は眉を寄せた。 『いまから5年ほど前に、私たちは全て聞いたのです。陛下の兄と名乗る者から、全てを。母をその手に掛け、私に深手を負わせた男です。病により成長する事の出来ない体を持った、長く豊かな金髪を持つ少年。貴方の双子の兄ですよ、陛下』 ルーシュがキーボードを操作をすると、いくつかの映像が画面に映し出された。 それは今話に出た少年が捉えられている証拠。少年は拘束衣を身に纏い、椅子に座っていた。その瞼は閉ざされていて、生きているか死んでいるか判断は出来ない。 その姿を見て、皇帝は目を見開いた。 間違いなく、兄V.V.がそこにいたのだ。 『全て聞きました。父が私とナナリーをどのような理由で日本に送ったのか。枢木首相の気遣いがなければ、私もナナリーも暗殺されていたのですね、貴方の部下の手で。それも、日本人が殺したように見せかけて』 「・・・ほう。その子供が、儂の兄だと?そのような狂言を信じると言うのかお前は。まさかそこまで愚かだとはな」 あざ笑うかのように皇帝は口角を上げた。 『言葉だけで信じたわけではありません。皇族全員の遺伝子データと照合し、DNA鑑定、指紋の照合も終えています。陛下の兄に関するあらゆる資料を取り寄せ、専門家が鑑定を行いました。彼が陛下の兄である証拠は揃っているのです』 「ほう、それで?もしそれが事実だとして、どうするつもりだ」 僅かな動揺も見せず、皇帝は玉座に背を預けるように深く腰掛けた。 『陛下。今この時をもって、帝位を退いていただきます。次期皇帝には、クロヴィス兄上が立ちます』 「ククククク、芸術にしか脳のない、クロヴィスを皇帝にだと?正気かルルーシュ」 『争うしか能のない貴方よりもずっとマシですよ。そもそも選択肢がありません。私達を殺す選択をしたシュナイゼル兄上とギネヴィア姉上、そしてカリーヌは論外。反対するでもなく、賛成するでもなく、傍観する道を選んだオデュッセウス兄上と、同じく傍観した他の兄上、姉上も王となる器ではありません。後は陛下の警備をしているコーネリア姉上とクロヴィス兄上のみ。武人である姉上より文人である兄上のほうが皇帝という仕事には向いています』 ですから、私は兄上を選びます。 「ほう、まるでお前が望んだものが、皇帝となれるような言い草よな」 『ええ、その通りです父上。戦争など愚かなことではありますが、私は父上の成された宣戦布告を受けることにしました』 すっと目を細め告げられた言葉に、皇帝もまた目を細めた。 「儂が戦いを挑んだのは日本であってお前などではない」 お前など眼中にはない。 その言葉に、ルルーシュはくすりと笑った。 『考えが甘くありませんか?日本にいる私達の安全を無視しての宣戦布告。それは私達に対して行ったのと同意ではありませんか。陛下に死ねと言われたのですよ、私たちは。無抵抗でいるとお思いでしたか?ブリタニアは弱肉強食が国是なのでしょう?ならば私はその国是に、今この時だけ従いましょう。強者が正義であるならば、シャルル・ジ・ブリタニア。今ここで貴方を討ち、私が勝者となりましょう』 王者の笑みを浮かべた息子に、皇帝は眉をぴくりと動かした。 「儂を殺し、この地位を奪うというか」 『そうです。ラグナレクなど起こさせるつもりはありませんので』 そういうと、ルルーシュはキーボーを操作した。 漆黒のKMFの腕が上がり、その手に握られていた銃口が皇帝に向けられた。 この至近距離で撃たれれば、即死だ。 苦虫を噛み潰すような顔で皇帝は呻いた。 「貴様・・・!」 『貴方の願う世界は、貴方の独り善がりな善意に満たされた世界。誰も望んでおりません。少なくても、私は否定します』 「お前に世界の何が解る!」 『アーカーシャの剣は既に存在しない』 「なに!?」 皇帝はその目を大きく見開いた。 『2つのコードも戻らない。この意味、解るな?』 「貴様!神に何をした!!」 激高した皇帝は玉座から立ち上がった。 『明日が欲しいと、ただ願っただけです』 静かな眼差しで、ルルーシュは告げた。 ここへ来る前に神根島に拠り、あの時代で願ったようにこの時代でも願ったのだ。 この両眼をギアスの赤に染め 明日がほしいと。 神はその願いを聞き届け、アーカーシャの剣は霧散した。 V.V.とC.C.のコードがこちらにある以上、神殺しは不可能となった。 「願いだと!?それで神が動いたというのか!ありえん!!」 だが、皇帝はそれを認めようとはしなかった。 当然の反応だ。 だが、事実は事実。 だからこそ、真実を知るものが口を開く。 『シャルル。アーカーシャの剣は消滅し、Cの世界はルルーシュの願いを聞き入れた』 今まで口を閉ざしていたC.C.は、諦めろという口調でそう告げた。 「馬鹿な!人の願いを神が聞き入れたというのか!」 『そうだ。神はお前の望む未来より、ルルーシュの望む明日という未来を選んだ』 シャルルの夢は叶わない。 ならばもう侵略戦争に意味は無いし、シャルルが皇帝である意味もない。 私の願いを叶えるためにも、道化と成り果てた白の王を盤上から引きずり降ろさなければならない。 『ルルーシュ、引き金は私が引こう。お前の手を汚す必要など無い』 C.C.はすっと目を細め引き金に指をかけたその時、謁見の間の扉が勢い良く開いた。 |